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東京地方裁判所 昭和37年(行)48号 判決 1962年11月29日

原告 小林和博

被告 東京都公安委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一、原告

被告が昭和三七年四月一八日原告に対してした自動車運転免許取消し処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

主文同旨の判決を求める。

第二請求の原因

一、原告は昭和三五年六月一一日被告から自動車運転免許(一種大免許証番号第七〇四六〇六号)を受け、自動車運転手として自動車運転の業務に従事していたものであるが、昭和三七年二月五日、東京都港区赤坂青山高樹町都電通りで、原告運転の貨物自動車が東京都営電車に衝突するという事故があり、被告は昭和三七年四月一八日右事故を理由に原告の運転免許を取り消し、翌一九日その旨原告に通知した。

二、しかしながら、被告の右運転免許取消しは、法令の解釈を誤つた違法な処分であり、しかも前記事故発生の原因となつた原告の過失は軽微なもので、右事故については損害賠償として金三万円を支払つて円満に解決しているのであるから、これを理由に原告の一生の生活の手段である運転の免許を取り消すことは、余りにも過酷であつて不当である。

よつて、右運転免許取消し処分の取消しを求める。

第三請求原因に対する被告の答弁

一、原告の請求原因事実中第一項は認める。第二項のうち、原告主張のような解決をしたことは認めるが、運転免許取消し処分が違法であるとの原告主張はこれを争う。

第四被告の主張

一、原告は昭和三七年二月五日午後九時四分頃、東京都港区赤坂青山高樹町一五番地先の高樹町電車通り(幅員一六・七メートル)を六〇年型事業用大型貨物自動車第一あ四九七三号空車を麻布霞町方面から青山六丁目方面に向い制限速度(時速四〇キロ)を越える時速約五〇キロで運転し、二、三台の自動車を追い越しながら現場にさしかかつた。そのころ原告の操縦する自動車の前方には訴外平山稔が運転する事業用普通乗用車(タクシー)第五け二九一〇号が同一方向に進行していたのであるから、自動車運転手たる原告としては交通頻繁な都市において先行車が急に徐行又は停止することのあることは容易に予想できるはずであり、かような場合にそなえ何時でも急停車しこれと接触を避けるのに必要な距離を保持しながら運転すべき業務上の注意義務があつたはずである。しかるに原告はこれを怠り、漫然時速約五〇キロで右先行車に近接して運行し約五メートルの近距離にせまつた際右先行車が徐行したのを発見し、急遽停車処置を講じながら右に把手を切つたが間に合わず、前車の右後部に追突し、その後部バンバートランクに凹損の損害を与え、かつおりから右側後方より進行して来た訴外栗原司朗の運転する都電第六一九号車体の左前部にも衝突し、よつてその左前部に凹損を与え、かつ同車を右方に傾斜、脱線停車させて同所附近交通の渋滞を惹起したものである。

二、原告は、右事故発生前一年間に次のとおり運転免許の効力の停止処分を受けている。

事故発生月日

処分日

処分内容

違反内容

(1) 昭和三六年五月七日

同年五月一八日

同年七月一日より三〇日間停止(短縮一五日)

駐車違反

(2) 昭和三六年六月一八日

同年七月一日

同年七月一五日より二五日間停止(短縮一二日)

速度違反

(3) 昭和三六年八月三一日

同年九月一二日

同年一一月九日より四〇日間停止(短縮二〇日)

積載量違反

三、そこで、被告は、昭和三七年四月一八日原告に対し公開による聴聞を開いた上、原告には、道路交通法施行令第三八条第一号ニ、同条同号ヘ、にそれぞれ該当する事由があるものとして道路交通法第一〇三条第二項、道路交通法施行令第三八条にもとづき、原告の運転免許の取消し処分を行つたものである。

四、原告は、右処分は過酷、不当なものであると主張するが、現今の都市交通状況に照らし、一般交通の安全を期するため必要かつ妥当なもので、何ら非難さるべきものではない。

第五被告の主張に対する原告の答弁

一、被告の主張第一項記載の事実中、原告が時速五〇キロで自動車を運転していたとの点は否認するが、その余はいずれも認める。同第二項記載の事実は認める。

二、被告は、原告には道路交通法施行令第三八条第一号ニ及びヘの取消し基準に該当する事実があると主張するが、右ニ及びヘにおいては、同条同号イ、ハ又はホ所定のいずれかの違反行為をしたことが要件となつているところ、右イ、ハ、ホでは、人を死亡させたことが要件となつているから、原告のように違反行為によりかつて人を死亡させたことも、傷つけたこともない者に対して、右ニ、ヘに該当するものとして、運転免許を取り消したのは、法令の解釈を誤つたものといわなければならない。

第六証拠関係<省略>

理由

被告の主張第一項記載の事実の中、原告が否認する運転速度については、成立に争いのない乙第三号証及び証人玉井大三の証言により、原告が事故発生当時時速約五〇キロメートルで自動車を運転していたものと認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は措信し難く、その他右認定を覆すに足る証拠はない。同項記載のその余の事実と同第二項記載の事実は当事者間に争いがないところである。従つて、原告が道路交通法施行令第三八条第一号ニ及びヘ所定の取消し基準に該当することは明らかである。

原告は、違反行為によりかつて人を死亡させ又は傷つけたことがないから、右条項に該当しないと主張するが、道路交通法施行令第三八条第一号ニについていえば、同号ニにおいて「イに掲げる違反行為をし」というのは、同号イに掲げられた「(道路交通)法第百十八条第一項第一号、第二号又は第三号の違反行為をし」の趣旨であることは条文の体裁上明らかであり原告の主張するように「イに掲げる違反行為をし」とは「法第百十八条第一項第一号、第二号又は第三号の違反行為をし、かつ、交通事故を起して人を死亡させたとき」を指すと解す余地はなく、この関係は、同号ヘについても同様と解すべきである。従つて同号ニ及びヘにおいては人を死亡又は傷つけたことが必ずしも要件とはなつていないのであつて、この点の原告の主張は、法令の解釈を誤つたもので、到底採用できない。

次に、原告は、被告の処分は過酷、不当であると主張するが、原告がすでに三回の自動車運転免許の効力の停止処分を受けたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第九号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和三五年六月一一日に運転免許を受けてから、一年六カ月足らずの間に、速度違反その他七回もの違反行為を重ねて刑事上の処分を受けていることが認められ、右認定に反する証拠はなく、この事実と前記事故発生の経緯よりすれば、原告が事故の損害をすでに賠償したとの当事者間に争いのない事実を考慮しても、被告の処分を過酷、不当として非難するのは当らないものというべきであり、その他本訴全証拠によるも、被告の処分を違法とすべき事由は見出されない。

よつて、被告のした自動車運転免許取消しを違法として、その取消しを求める原告の請求は、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 浜秀和 町田顕)

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